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歴史紹介(忍具)

忍具紹介

【 用語一覧 】

  • 苦無(くない)
  • 錏(しころ)
  • くろろ鉤(かぎ)
  • 鉄拳(てっけん)
  • 水蜘蛛(みずくも)
  • 撒菱(まきびし)
  • 手裏剣(しゅりけん)
  • 鎖鎌(くさりがま)
  • 鉤縄(かぎなわ)
  • 狼煙筒(のろしづつ)
  • 百雷銃(ひゃくらいじゅう)
  • 坪切(つぼきり)

苦無(くない)

苦無(くない)

「くない」と読む。

鋼鉄製の平たい細長い形状で、ナイフのような忍具だ。

用途は非常に多く、開器として、雨戸や引き戸をこじ開けたり、錠前を壊したり土を掘るスコップや戦い際の剣の代わりにもなりえた。

もちろん、手裏剣として相手に投げつけることもできた。

「萬川集海」の「登器の部」に記され、縄を柄の部分について高所に投げ込み登ることも可能であった。

白土三平著「カムイ伝」のカムイが愛用した忍具でもあった。

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錏(しころ)

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携帯用の両刃のノコギリ状の忍具。

材質は良質の鋼で鉄格子でも切断できたと云う。

鎌や刀では切りにくい物を切断した。

忍者はもともと杣人(そまびと)や木こりと関係は深かった。

古来、伊賀や甲賀は杣地であり、荘園として開墾する際に、彼らはそのための道具が必要であり、タタラ技術を習得し、鉄を生み出し様々なノコギリや斧を作りだした。

このような鉄を作り出し加工する技術は、忍者にも伝わっていた。

甲がでは、大鋸(おおが)という巨大ノコギリを近年まで産出していたことからも忍者と杣人の関係が伺える。

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くろろ鉤(かぎ)

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「くろろ」とは「くるる(枢)」がなまった語。扉の端の上下にある突出部。

これを穴に入れて扉が回転するようになっているところ。「とぼそ」ともいう。

土蔵などの鉤をあけるために使われ、「萬川集海」の「開器の部」にはくろろ鉤の他には「探鉄」「鎖子抜」「門外」「のべかぎ」「いれこかぎ」などがある。

開器は家や城に忍び込む際に用いられる忍具で、現在でいう、ピッキング道具である。

忍び込む場合は、なるべく痕跡を残さないことが基本だ。

しかしどうしても無理な場合は破壊する場合もあったと記される。

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鉄拳(てっけん)

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忍者は、基本的に専修する際は刀は携行しなかった。

理由は忍者は常に走り、跳び、隠れたりする必要があり、そういう動作の場合刀は邪魔になった。

しかし万が一敵と遭遇し、見つかってしまった場合は戦わなければならない。その際に軽量で効果的な武器が求められ、そういったものの一つに鉄拳がある。

他にも「手甲鉤」のような忍具もある。

しかし忍者が刀で戦っているようでは、その忍者は忍者として失格である。

忍者は人知れず仕事を行う事が最も重要であるからだ。

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水蜘蛛(みずくも)

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「水器の部」の代表的な忍具である。外回りを防水した革袋で覆い使用した。数年前に、この水蜘蛛を実際に作成して、雪国のかんじきのように、2個足につけて実験したが、静止できても水上歩行は無理であった。

そして左右に脚が開いてしまい進むどころかバランスが取れなかった。それに2個使うとも「萬川集海」には記されていない。結論は水蜘蛛は脚に付けるのではなく、板の部分にまたがり両足を水中に入れ、下駄のようなひれをつけ両手をオールのようにして前進した。折りたたみ式の携帯ボートが水蜘蛛であった。

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撒菱(まきびし)

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撒菱の術とは、水草にある鬼菱の種子を乾燥させたものを逃げる際にばらまく術である。葉が菱形、トランプのダイヤの形をしている。三菱や四菱は言葉としても有名だ。

四方にあるトゲが鋭利で、屋敷内であればあらかじめ逃げる際に菱の実をばらまくことにより、逃げる事が容易になる。

戸外においても、鉄製の菱をばらまけば、人のみならず馬に追われても、逃げることが簡単だ。忍者の極意は遁走こそが最も賞賛される。

他に木製の菱もあった。

ちなみに菱の実は万一の際に食物にもなった。

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手裏剣(しゅりけん)

手裏剣(しゅりけん)

忍者と云えば手裏剣であるが、手裏剣には様々な種類がある。

棒状の棒手裏剣からお馴染みの十手手裏剣、六方、八方等、流派により形も大きさも色々あった。忍者以外にも柳生流、根岸流など、武士が武芸として使っていた。

そもそも手裏剣は隠し武術、すなわち裏武術であり、相手に見えないよう、分からないように持っていた事で威力を発揮した。

手裏剣の剣先にはトリカブトの毒や泥土などから塗られ、軽傷でも相手に致命傷を負わせた。

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鎖鎌(くさりがま)

鎖鎌(くさりがま)

忍者がよく使う武器として鎖鎌も有名だ。

百姓に変装した忍者が鎖鎌を使い、田で草を刈っていても、怪しまれないように、偵察等の際に使われていた。

宮元武蔵の対戦相手で鎖鎌の達人、宍戸梅軒は意が出身だと云われる。鎖鎌の使い方は、鎖の先についている分胴を相手の顔めがけて投げるのが、最初の攻めである。この鎖鎌も、忍者以外に武士が武芸として、修行した鎖鎌術があり、今なお、古武道として伝わっている。

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鉤縄(かぎなわ)

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「正忍記」に忍者が常に携行する必需品として、「忍び六具」をあげている。

それぞれ、編笠、三尺手拭い、打竹、石筆、薬、そして鉤縄(かぎなわ)である。

鉤縄は忍者にはなくてならない忍具だ。絹または麻の細かい細縄に、鉄製の打鉤をつけた忍具だ。

塀や高所を登ったり、敵を縛ったり、戸口を締めたり、様々な応用法があった。

種類としては鉤が1個または複数、或いは分銅のような塊をつけたものもあった。

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狼煙筒(のろしづつ)

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「のろし」の漢字がなぜ狼の煙と書くかは乾いた狼の糞を火の中にくべると煙が真っ直ぐにあがるからだといわれる。

真っ直ぐに上がる理由は、狼は肉食動物で、ウサギなどの小動物を常食とし骨を含めて全て食べた。糞には消化できなかったウサギの毛や骨にマッチなどに使われるりリンが含まれていたので、乾いた糞が一種の点火剤的役割をしていた。

忍者ほど狼煙を、合図などで自由自在に使ったものはいなかった。

伊賀の忍術秘伝書にはさまざまな狼煙のことが記されている。

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百雷銃(ひゃくらいじゅう)

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遁走(とんそう)術の一つに「百雷銃退き」という術がある。

この術は台湾の祝事に、使用される爆竹のようなものだと考えれば分かりやすい。

点火すれば数十挺の鉄砲が、一斉になっているような音がして、あたかも、多人数の仲間が鉄砲をたくさん使っているような錯覚に陥る。

それ故、追手は深追いしてしまうと危険だと思い、忍者の遁走を容易にした。

「萬川集海」にこの術について何度も言及されているので、どうやらよく利用されたようである。

百雷銃は携行が簡単であり、逃げる際には抜群の威力を発揮した。

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坪切(つぼきり)

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進入する際のY字形の鉄製の忍具だ。

使用法は先端尾い法を中心として、コンパスのように苑を描き、何度も繰り返すことにより円形の穴を開けることが可能になる。

大きさは多々あった。

穴を広げた後は、その穴から様々な開器を差し入れて、戸締りの鍵を外したり、壊したりした。「陽忍の術」には2種類の潜入する方法があると云われる。数ヶ月も数年も前から敵方に潜入する「遠入りの法」と短期間のうちに潜入する「近入りの法」があった。

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萬川集海(ばんせんしゅうかい)

延宝4年(1676)に、三大上忍の一人、藤林長門守の子孫、佐武次保武が変纂した数少ない忍術秘伝書として最も有名である。名ある忍家のみ秘蔵した忍術百科事典といっても過言ではないだろう。

代々書写し子孫に伝えたという。実際今なお伊賀においては伊賀者や武足人の子孫の一部の家で「虎の巻」等の名で残されている。

「萬川集海」の意味はその名が表すように、全ての川が海に注ぐ如く、つまり、忍術は全ての兵法武術の奥義が集大成されたもので伊賀・甲賀49流となっている。

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